- 地盤情報特集
液状化地盤と説明責任
住宅・建築紛争を数多く取り扱う匠総合法律事務所
代表社員弁護士 秋野 卓生氏による地盤と法律に関わる寄稿。
液状化地盤と住宅販売業者の説明責任。
東日本大震災で大規模な液状化が生じた千葉県浦安市では、住民が住宅販売業者を訴えるという事態が発生しています。
特に、近年では、液状化に関し、各種地方公共団体等によっては、ハザードマップのようなものを作成しているところもあり、地域的な液状化の危険性については一つの目安として機能しているものと考えられます。
本稿では、ハザードマップ等において液状化の危険性のある地域内にある土地を売却したところ、その後、大地震によって、液状化が発生し、戸建住宅が不同沈下し、損傷が生じた場合に、住宅会社として液状化の危険性を説明しなかったことについて何らかの責任を負うことがあるのか、について検討したいと思います。
1 液状化を巡る法律問題
液状化現象を巡る法律問題としては、液状化対策を施さなかったことを理由とする、瑕疵担保責任や不法行為責任に基づく損害賠償請求という法律構成が考えられるところです。もっとも、建築当時の戸建て住宅業界における法令や技術基準に鑑み、抜本的な液状化対策をすべき法的義務が認められない場合も十分想定されます。
(また、瑕疵担保責任に関していえば、契約上、地盤の変状が免責事項であることが明確にされている例も多々あります。なお、浦安では、液状化で住宅が傾いたとして、住民が住宅販売業者に訴訟を提起しましたが、瑕疵担保及び不法行為ともに時効期間経過という点でハードルがあります。)
しかし、このような場合であっても、設例のように説明を怠った、あるいは間違った説明をしたという説明義務違反の法律構成にて、損害賠償請求されることは考えられます。
2 問題点の整理
まず、地盤の土質性状に関わる事項については、宅建業法上の重要事項説明の対象として明記されていませんが、他方で、地盤の問題は、建物は地盤の上に存立する以上、建物の安全性の観点からは極めて重要な事項といえ、購入者側の関心が高い部分であるといえます。
そのため、説明義務が問題となる場合には、どのような場合に、どのような説明をすべきか、という点が問題となります。
3 説明義務の内容
(1)地盤の土質性状と説明義務
地盤の土質性状と説明義務に関しては、名古屋高裁平成22年1月20日判決が参考になります。この裁判例の事案は、住宅供給公社である被告(被控訴人)から土地を購入した原告(控訴人)らが、土地の地盤が軟弱で、建物建築に適さず、地盤改良工事が必要だったとして、地盤の軟弱性および地盤改良工事の実施状況に関する説明義務違反、または、瑕疵担保責任に基づき、湿式柱状改良工法で実施した工事費用相当額の支払を求めたというものです。この裁判例において問題となったのは、瑕疵の有無及び同瑕疵が「隠れた」瑕疵にあたるかでした。この裁判例では、売買契約に先立ち購入者らが受領したパンフレットには「造成地のため、地盤調査後、地盤改良が必要となる場合があります。」との記載(以下「本件記載」といいます。)がなされていた一方、「本件記載内容は曖昧であり、同じ団地内の他の区画について、従前、地盤改良工事が必要になったものが相当数に上る等の、地盤改良の必要性が高いことを窺わせる具体的記載はない」「買主に地盤調査を依頼し、あるいはこれを義務づける旨や、地盤改良が必要となった場合の費用が買主負担となるから、販売価格が低額になっている旨や瑕疵担保請求権の放棄を意味する旨の記載もない」といった事情がありました。裁判所は、これらの事実を指摘した上で、「以上によれば、控訴人らが本件売買契約時に本件パンフレットの本件記載に十分留意しなかった面はあるものの、その記載自体、本件土地に地盤改良工事を要するような瑕疵があることを明示するものではなく、売主の被控訴人すら、地盤改良工事を要するかもしれない程度のあいまいな認識しか有していなかったことを踏まえると、控訴人らが、本件土地に地盤改良を要するような瑕疵があることを知らなかったことに過失があるということはできず、上記の瑕疵は隠れたものであったと認められる。」と判断しました。
ここにおける「隠れた」という状態を解消するためには、説明を尽くさなければならない関係にあります。
このように考えますと、一見して明らかにならない地盤の軟弱性といった上部建物の存立、安全性に影響を及ぼす虞のある事項については、説明義務が認められる可能性があります。
(2)説明義務の適用場面
液状化に関しては、各種地方公共団体等がハザードマップを作成しており、この作成の有無、時期、公表の方法、時期等は様々ですが、売買契約の締結時期が、当該土地が属する地域の地方公共団体等がハザードマップ等を一般・対外的に公表した時期以降である場合には、販売業者としてはその内容を把握して然るべきであったとして、説明義務が認められる可能性があります。
一方で、こうしたハザードマップは、メッシュの区切りに差があること、地形を考慮したものではないことから、信頼性については、必ずしも高いものではなく、かなり間違っているとも言われており、あくまで参考程度のものに過ぎない、という意見もあります。こうした見解からは、ハザードマップの存在だけを理由に説明義務を肯定することは難しいといえます。
もっとも、戸建て住宅の構造設計において液状化の検討をどのように取り込み、どこまでの対策工事をすべきか、という点については、法令上明確な規制はありませんが、様々な学術的な考え方や技術基準が提唱されているところです。例えば、戸建て住宅などの小規模建築物などについては、社団法人日本建築学会の書籍などでは、地表面から深さ5mまでの範囲の、表層の非液状化層の厚さとその下部の液状化層の厚さの比較によって、地表面に被害が及ぶ程度を判定する手法などが紹介され、また対策工法として、鋼管杭、ベタ基礎、矢板壁などが挙げられているところです。このような技術基準から、液状化の危険があり、上部建物に影響が及ぶと判断される場合にも、「過失」という観点から、「説明すべきであった」と評価される可能性も念頭におく必要があります。
なお、東日本大震災では東京湾岸エリアを中心に大規模な液状化現象が発生し多数の家屋が被災したことから、特に、今後においては、より一層、厳格な対応が望まれることになるといえるでしょう。
秋野 卓生(アキノ タクオ)
匠総合法律事務所 代表社員弁護士
住宅・建築紛争を数多く取り扱う。
http://takumilaw.com/index.htm
住宅業界の法律に関わる著書多数
著作に「住宅建築のトラブル回避&解決」(日本住宅新聞社)